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福岡地方裁判所小倉支部 昭和38年(わ)47号 判決

被告人 高田一彦 外四名

主文

被告人安在弘一を懲役六月に、同是沢芳光を懲役三年に各処する。

但し、被告人安在弘一に対し、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、同被告人から、金十八万千五百円を追徴する。

訴訟費用中、証人待鳥稲次、同中村寛、同亀崎末次(昭和三十九年二月十日公判出頭分)、同深田輝雄(同年四月二十日公判出頭分)に支給した分は、被告人安住弘一の負担とする。

本件公訴事実中、被告人高田一彦、同松田弘一、同西弘の各収賄の点および被告人是沢芳光の被告人高田一彦、同松田弘一、同西弘に対する各贈賄の点はいずれも無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人安在弘一は、昭和三十五年二月十三日から昭和三十八年三月ごろまで、日本国有鉄道門司鉄道管理局門司建築区(以下日本国有鉄道を「国鉄」と、門司鉄道管理局を「門鉄」と各略称する)の区長として、同建築区の担当区域内に存する国鉄所有の建物およびその附帯設備の保守および施工ならびに建築用地のうち飛地(線路敷地に隣接していない土地)の管理および保守に関する業務を担当し、且つ、保守担当主任として、部外者から用地に関する申出があつたときは、速やかにこれを処理し、この場合権限外の事項又は重要もしくは異例の事項については、遅滞なく、意見を附して、保守局所長たる門鉄局長に進達すべき職務を担当していた者、

被告人是沢芳光は、そのころ小倉市(現在北九州市小倉区、以下同じ)三荻野において、不動産売買の仲介業等を営んでいた者であるが、

第一被告人安在弘一は、被告人是沢芳光から昭和三十六年八月ごろ、小倉市三荻野所在の国鉄宿舎用地(飛地)約六千八百坪の払下方申出を、又同年九月ごろ、同市高田町一丁目四十二番地所在の国鉄宿舎木造瓦葺平家建一棟建坪十三坪およびその用地(飛地)四十三坪を深田輝雄へ払下方申出を受けるとともに、そのころ右各申出につき便宜の取扱いをしてもらいたい旨の請託を受け、その謝礼として供与されるものであることを知りながら

1  同年九月十七日ごろ、小倉市浅野町二番地の四十三小倉ステーションホテル五〇一号室において、被告人是沢芳光から現金五万円の供与を受け、

2  同年九月二十日ごろ、同所において同被告人から冬物背広生地一着分(価格金一万千五百円相当)の供与を受け、

3  同年九月下旬ごろ、同所小倉ステーシヨンビル食堂内において、同被告人から現金二万円の供与を受け、

4  同年十月中旬、前記ステーシヨンホテル五〇一号室において、同被告人から現金十万円の供与を受け

もつてその職務に関し請託を受けて賄賂を収受し、

第二被告人是沢芳光は、

一  第一記載の如く、被告人安在弘一に対し、同被告人管理にかかる小倉市三萩野所在の国鉄宿舎用地ならびに同市高田町所在の国鉄宿舎一棟およびその用地の各払下方申出をなすとともに、これにつき便宜の取り計らいをしてもらいたい旨の請託をなし、その謝礼の趣旨として

1 昭和三十六年九月十七日ごろ、小倉市浅野町二番地の四十三小倉ステーシヨンホテル五〇一号室において、現金五万円を供与し、

2 同年九月二十日ごろ、同所において、冬物背広生地一着分(価格一万千五百円相当)を供与し、

3 同年九月下旬、同所小倉ステーシヨンビル食堂内において現金二万円を供与し、

4 同年十月中旬、前記ステーシヨンホテル五〇一号室において、現金十万円を供与し

もつて被告人安在弘一の職務に関して賄賂を供与し、

二  昭和三十四年四月二十五日から昭和三十六年五月十四日までの間、八幡市(現在北九州市八幡区、以下同じ)尾倉町四丁目北九州水道組合(特別地方公共団体)総務部庶務課管財係係長として同組合所有の固定資産の管理および処分等に関する職務を担当していた勝原睦夫に対し、

(一) 昭和三十六年一月ごろ、自己の所有していた小倉市大字篠崎字高田千八百七十八番地の四ないし八、山林合計約千四百八十四坪と、これに隣接する右水道組合所有の同所千四百九十三番地の一の水道用地約千百八十六坪(通称古清水配水地)との交換につき、便宜の取計らいをしてもらいたい旨の請託をなし、その謝礼として、

1 昭和三十六年一月十六日ごろ、小倉市三萩野千百番地の自宅において、額面十万円の小切手一通を供与し、

2 同年二月十一日ごろ、同所において背広上下一着(価格金二万五千円相当)を供与し、

(二) そのころ、右趣旨および前記古清水配水地と、これに隣接していた坂野春一所有の平和園分譲地との境界に、同人において右古清水配水地のための擁壁を構築すべき筈であつたところ、右坂野春一から平和園分譲地の管理を委されていたため、これが施工につき、将来特段の取計らいをしてもらいたい旨の請託をなし、その謝礼として

1 昭和三十六年三月二十八日ごろの午後六時ごろ、小倉市平和通り附近を走行中の乗用車内において、現金十万円を供与し、

2 同年四月二十一日ごろ、前記自宅において、亀崎末次を介して現金十万円を供与し、

3 同年四月中旬、八幡市中央町二丁目森山靴店において短靴二足(価格合計一万千五百円相当)を供与し、

4 同年四月下旬、同市中央町商店街レストラン「ベレル」附近路地において現金六千円を供与し

もつて勝原睦夫の職務に関して賄賂を供与し、

三  昭和三十五年十一月二十九日福岡地方裁判所小倉支部で有印私文書偽造、同行使罪等により懲役五年の判決を受け、昭和三十七年六月五日右判決確定により、昭和三十八年一月二十三日から小倉拘置所において服役し、同日から贈賄事件の被疑者として取調べを受けるため代用監獄小倉警察署留置場に留置されるにおよぶや、当時福岡県巡査として小倉警察署監房係の職務に従事していた永芳強から面会その他で特段の便宜を図つてもらうべく、その謝礼の趣旨で松本イシと共謀のうえ同女を介して右永芳強に対し、

1 昭和三十八年四月二十二日ごろ、北九州市門司区東本町の同人方において、清酒二升(価格千二百八十円相当)を供与し、

2 同年五月十二日ごろ、同所において、ウイスキー一本およびザボン漬一箱(価格千五百円相当)を供与し、

3 同年五月二十四日ごろ、同所において、清酒二升(価格千二百八十円相当)を供与し

もつて永芳強の職務に関して賄賂を供与し、

四  前項記載のとおり、既決の囚人として小倉拘置所に服役中その代用監獄小倉警察署留置場に留置されていた昭和三十八年五月二十五日午後十一時ごろ、右留置場の解放された非常口から逃走し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人安在弘一の判示第一の1ないし4の各行為は、いずれも刑法第百九十七条第一項後段、日本国有鉄道法第三十四条第一項に、被告人是沢芳光の判示第二の一の1ないし4、同二の(一)の1、2、同二の(二)の1ないし4、同三の1ないし3の各行為はいずれも同法第百九十八条第一項、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、同四の行為は刑法第九十七条に、各該当するところ、被告人是沢芳光の判示第二の一ないし三の各罪については、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、被告人両名の以上の各罪は、それぞれ同法第四十五条前段の併合罪の関係にもあるから、同法第四十七条本文、第十条により、被告人安在弘一については犯情の最も重いと認める判示第一の4の罪の刑に、被告人是沢芳光については犯情の最も重いと認める判示第二の一の4の罪の刑に、それぞれ法定の加重をなし、その刑期範囲内において、被告人安住弘一を懲役六月に、被告人是沢芳光を懲役三年に各処し、被告人安在弘一に対し、諸般の情状刑の執行を猶予するのを相当と認めるので、同法第二十五条第一項第一号により本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、判示第一の犯行により賄賂として収受した現金十七万円およびその後背広上下一着に加工されている背広生地一着分(価格一万千五百円相当、昭和三十八年押第百九十号の十七)は、全部これを没収することができないから、同法第百九十七条の五後段により同被告人からその価額を追徴し、訴訟費用中、証人待鳥稲次、同中村寛、同亀崎末次(昭和三十九年二月十日公判出頭分)、同深田輝雄(同年四月二十日公判出頭分)に支給した分は、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文によりこれを同被告人に負担させ、被告人是沢芳光に対し同条第一項但書を適用して訴訟費用はこれを負担させないこととする。

(無罪部分)

被告人高田一彦、同松田弘一、同西弘の各収賄ならびに被告人是沢芳光の右被告人らに対する各贈賄にかかる本件公訴事実は、別紙記載のとおりである。

よつて審究するに、本件に関しては、〈証拠省略〉各供述調書が存在し、それぞれ当該公訴事実にそう記載がなされているところ、〈証拠省略〉等を総合すれば、被告人是沢芳光は、昭和三十六年夏ごろ不動産売買仲介業等を営んでいたところ、同年九月ごろから、小倉市三荻野所在の国鉄宿舎用地の払下げを受けこれを他に転売して巨利を博そうと企て、右払下げを受ける手段として、先ず、当時国鉄が日豊線複線化のためその用地として買収を予定していた同市湯川地区の農地等約千坪につき、国鉄に先だち、同年十一月七日右買収予定地の各地主との間にこれを国鉄の倍値で買取る旨の契約を締結し、それ以来、門鉄或いは国鉄本社関係者らと、右湯川地区の買収予定地と三荻野宿舎用地との交換を求める形で種々折衝を重ねて来たが、右交渉がはかばかしく進展しないうち昭和三十七年六月五日さきに言渡を受け上告中であつた恐喝、詐欺、有印私文書偽造、同行使の各罪による懲役五年の判決が確定し、直ちに服役すべき状態に陥つたため、検察事務官等に金員を提供する等種々画策して収監の延期を得、右交換の実現を急いで更に国鉄当局に働きかけ、遂に同年十一月上旬、門鉄関係者との間に前記三萩野宿舎用地のうちの数百坪と前記湯川地区買収予定地とを時価評価のうえ交換する旨の取決めをみる寸前の段階にまでこぎつけたが、同月九日、つまり国鉄当局に対し正規の交換払下申請手続をとる直前、東京で逮捕され、引き続き前記確定裁判の刑の執行を受けることとなり、昭和三十八年一月二十三日府中刑務所から小倉拘置所へ移監され、更に同日代用監獄である小倉警察署留置場へ移監されて直ちに勝原睦夫らに対する贈賄被疑事実の取調べを受けるに至つたが、右移監当時前記国鉄当局との折衝につき陰に陽に同被告人のためにつくして来た同被告人の情婦松本イシが、勝原睦夫に対する同被告人の贈賄の幇助の被疑事実により勾留されており、又前記湯川地区の地主代表で同被告人の腹心の如くにしていた山本豊も、前記複線化予定地の売買代金横領の被疑事実により勾留されていたので、前記交換に関し、同人らをして自已に代つてその交渉に当らせることもできなくなつたが、右交換払下契約実現の野望はいかにしても捨てきれず、ひたすら右松本イシ、山本豊の早期釈放およびあわよくば自已の刑の執行停止を得んことをこいねがつているうち、同年二月四日勝原睦夫に対する贈賄事件で起訴されるに至り、しかして同月五日ごろ山本豊が、同月六日ごろ松本イシがそれぞれ釈放されたので、その後は最も信頼のおける松本イシとの面会等を介して、前記交換に関する、国鉄当局の情報を入手し、これに対処することを画策していたところ、司法警察員高口栄造を主任とする福岡県警察本部捜査二課および検察官柴田和徹を主任とする福岡地方検察庁小倉支部においては、前記移監直後同被告人のなした国鉄本社監査役小野木次郎、門鉄門司建築区長安在弘一に対する右用地交換にからむ各贈賄の自供以外に前記交渉に関係した多数の国鉄職員に金品の贈賄がなされているものとの見込みのもとに、右松本イシら釈放後、同女をはじめその他関係者の取調べを進めたが、金品授受の点については直接的な証拠に乏しく、同被告人においても、すでに述べた小野木次郎、安在弘一はともかく、これ以外の国鉄職員に贈賄した旨自供すれば、前記交換の宿望が水泡に帰することを充分知悉しており、従つて取調官の調べに対して容易には自供しなかつたため捜査は仲々進捗しなかつたところ、同年五月二十五日までの約四カ月間監獄法第一条第三項の規定に違背して同被告人を前記刑執行の形のまま同留置場に留置し、その間、前叙のとおり度々参考人として取調べている松本イシをして、殆んど連日の如く昼食を差し入れることを許容し、又同警察署二階取調室において自由に同被告人と面会させ、或いは同被告人において同警察署備付の電話を使用するのを黙認し、同被告人所有のテレビ受像機を同警察署取調室等に持ち込ませてこれを視聴させ、取調後はそのまま雑談、喫煙を許すなどしたうえ、更に、同留置場と同警察署取調室或いは福岡地方検察庁小倉支部との間の同被告人の身柄の護送に際しては、他の既決囚に対する場合と異つて殆んど手錠を施すことをなさず、又、同被告人の義父や義弟の就職をあつせんする等種々便宜を与え、他方、同検察庁小倉支部における検察官の取調べに当つては、事前に取調べをなした警察官又はその指揮下にある警察官において同室したうえ同被告人の供述を筆記したりなどし、その内容を前記捜査主任に報告する等して、同被告人をして司法警察員に対する供述と異る供述をなし得ない状態に陥らしめ、遂には、取調官の命によつたとはいえない迄も同留置場監房係において、同年四月中旬、同年五月上旬、同月二十五日ごろの各深夜、同被告人の求めに応じ同留置場非常口附近で、手錠はおろか立会人もなく、同被告人と前記松本イシとを密会させ、その結果同被告人が脱獄するに至つたことが認められ、同被告人に対してなされた処置としては、同被告人が勝原睦夫関係で既に被告人の地位を取得していたとはいえ、前記刑の執行を受けている者であつてみれば、このような取扱いはもとより絶対に許さるべきことではなく取調官或いはその関係者としては厳に慎むべきことであつて、たとえ真実発見のためとしても到底是認し難く、被告人是沢においても右各特段の取扱いに対し、仮に虚偽にもせよ、取調官の意に迎合した何等かの自供をすることにより、前記松本イシとの面会や電話使用の便宜等を引き続き与えられ、これらを介して国鉄当局との前記交換に関する折衝を継続し、あわよくば暫時自已の刑の執行停止を得て自ら国鉄当局と交渉をなしその際国鉄当局の態度いかんによつては、交渉を自已に有利に展開させるため、右自供等をその手段に供さんものとの希望と打算を生じたであろうことは、前記同被告人の交換実現への執念とその犯歴ないし本件公判審理の経過からうかがえ同被告人の特異な性格からして、容易にこれを推認することができ、従つて、前記のような違法不当な取扱いが同被告人に与えた心理的影響は極めて大きく、それによつて虚偽の自白を導くおそれのある点、強制にも準ずるものというべく、かかる状況下において作成された同被告人の前掲各供述調書中、被告人高田一彦、同松田弘一、同西弘に対する金員供与に関する部分は、いずれも任意性に疑いがあるといわざるを得ず、検察官の全立証によつてもこれを払拭するに至らないので、右供述調書はすべて証拠能力がないこととなるからいずれもこれを排除する。

そこで先ず、被告人高田一彦、同是沢芳光に関する贈収賄事実について按ずるに、第三十三回、第五十五回各公判調書中証人亀崎末次の各供述記載部分、押収してある手帳(昭和三十八年押第百八十九号の十)によれば、右は亀崎末次作成の右手帳の記載中、昭和三十六年十月二十二日の欄に、「9時駅へ門司ノ高田氏宅ニ○行ク本人留守ナリヽヽヽ」とあるを根拠として捜査が開始せられたものと認められるところ、右記載中「ニ○ 」の部分が一旦消された後に書き換えられたものであることは鑑定人牧角三郎の鑑定の結果に徴し明らかである。この点につき、亀崎末次は、「○」は金の意味であり、最初から「○行ク」と記載したと思う、消して書きかえた憶えはない旨述べており、右鑑定の結果と全然相反している。同証人の右各証言はいずれも措信し難く、「○行ク」の部分に書かれていた以前の文字が如何なるものであつたか到底窺知することはできない。されば、右手帳の記載部分は前記贈収賄事実の存在を証するには、何らの価値もないものといわざるを得ない。

ところで、被告人高田一彦の検察官に対する昭和三十八年二月二十三日付ならびに司法警察員に対する同月二十二日付、同月二十四日付、同月二十七日付各供述調書中には、右公訴事実にそう趣旨の記載が存在するけれども、果して右被告人等間にさような金員の授受がなされたのであれば、その使途について当然究明されるべきであるのに、この点全然明らかにされていないのみならず、地積表を被告人是沢に対し提供したに止まる被告人高田に対し同被告人より遙かに被告人是沢の為に尽力した被告人安在より多額な金員を提供する等のことは是沢の性格等より見て到底考え得られないところであり、更に、第三十六回公判調書中証人高田一彦の供述記載部分および証人西村金十郎の当公廷における供述に徴し、被告人高田は取調に当つた警察官から、「妻ももらつたと言つている、是沢も亀崎もやつたと言つており、亀崎の手帳にも書いてある」等とくり返して責められたことにより、やむなく虚偽の供述をなすに至つたのではないかとの疑いも存し、結局前記各調書中金員授受の部分は、これだけで本件公訴事実を認定するに足る資料とはなし難い。又被告人是沢芳光の検察官に対する昭和三十八年七月五日付供述調書には、同被告人が被告人高田に対して現金二十万円を供与した旨記載されている経費明細書に関する供述が存するが、右経費明細書は同年五月十日ごろ国鉄当局が前記交換の交渉を打切り、湯川地区地主と直接折衝し任意買収による態度を明らかにしたため、これが牽制の具に供しようとの動機のもとに被告人是沢において作成したものであることがうかがえるから、その信憑力は極めて弱く、当裁判所は到底これを措信し得ない。

他に本件二十万円の現金授受の点につき、これを証するに足る措信すべき証拠はない。されば、本件公訴事実中、現金二十万円の贈収賄の点につき、右被告人両名を有罪とするには証明が不充分であるといわざるを得ない。

なお、本件公訴事実中、菓子箱の授受の点は、前掲各証拠によつてこれを認めることができるけれども、右は単に時価千円程度のものにすぎず、贈収賄の対象としては違法性を欠き、むしろ儀礼的な手土産とみるべきものであつて、罪とならないものと解するを相当と考える。

よつて、本件公訴事実につき、右被告人両名に対しては刑事訴訟法第三百三十六条により無罪の言渡をする。

次に、被告人松田弘一、同是沢芳光に関する贈収賄事件について按ずるに、本件公訴事実中、金員授受の点にそう証拠としては第三十八回公判調書中証人亀崎末次の供述記載部分、および山本豊の検察官に対する昭和三十八年三月十三日付供述調書が存在する。ところで、右証人亀崎の証言は、被告人是沢が逮捕された後である昭和三十七年十一月十六日、国鉄当局との今後の交渉等について同証人と山本豊らが話合つた際、山本豊が「東京で被告人松田に五万円渡してあるからあとは心配いらんと思う」旨述べたのを聞いたというにとどまり、又山本豊の右検察官調書は、「昭和三十七年十一月八日被告人是沢が東京駅へ被告人松田を迎えに行つて宿に帰つてから仕事をして来たと話したのを聞いた」という程度のものであつて、いずれも本件公訴事実を直接認めしめるものではなく、他にこれを認定するに足る措信すべき証拠はないので、刑事訴訟法第三百三十六条により無罪の言渡をする。

最後に、被告人西弘、同是沢芳光に関する贈収賄の事実について按ずるに、本件公訴事実中、第一、第二の各(一)の事実中金員授受の点にそう直接的な証拠としては、第四十七回、第四十八回各公判調書中証人是沢芳光の各供述記載部分および被告人西の検察官に対する昭和三十八年四月六日付、同月十七日付、同月二十日付各供述調書が存在する。ところで、証人是沢の右供述は、前叙の事情よりみて、これにより国鉄当局に圧力を加え、前記交換の問題を自己に有利に展開させようとの不純な動機のもとに、或いは犯行を認め、或いはこれを覆えすなどその供述は二転三転しており右供述が同証人の利害打算に撤し奸智に長けた特異な性格を端的に表明しているものではあつても、その信頼性に欠けていることはいうまでもなく、当裁判所は到底これを措信し得ない。

次に、被告人西の検察官に対する右各供述調書をみるに、その自白の内容は、いずれも金一万円の授受であり、この点公訴事実と著しく相違している。被告人西は、昭和三十八年三月十五日逮捕され同月十八日から同年四月六日まで八幡警察署留置場に勾留されていたことは本件記録に徴し明らかであるが、この間検察官ならびに司法警察員の取調は、いわゆる喫茶店ヴオアラにおける金員授受の事実についてのみなされていたものであり、時には午前二時に至るまで取調べられたこともあつたが、同被告人は終始右金員授受の点を否認していたものであること第四十六回公判調書中証人西弘の証言ならびに証人新納吉夫の当公廷における供述により明らかである。しかして、証人高口栄造、同新納吉夫の当公廷における各供述によると、被告人西は、右勾留満期の日である同年四月六日普段よりも朝早くから行われた前記司法警察員高口栄造の最後の取調に対し、突如として右一万円の収賄の事実を認め、即日検察官に対する右供述調書が作成され、同日中に釈放されていることが認められる。被告人西は、右自白の動機につき、「たしか私が、その日東京に帰るから急いでいた、と言つたら、高口警部が、是沢が食事でも誘つたろう、時間がないから食事代にでもといつて五千円か一万円位出したろう、自分たちが出かけてもそうゆうことはよくあるんだ、そんな程度のことがあつたとしても、どうということはないとくり返し尋ねられ、この事実をもあくまで否認すれば該容疑で再逮捕され又二十日間勾留されるのではないかと憂慮し、心ならずもそのような自供をし、その後は一たん自白したことでもあり、否認すれば再逮捕も免れないと考えて、検察官にも自供した」旨述べている。しかして、高口栄造は、被告人西の右自白を得る以前、被告人是沢から漫然たる聞込みを得ていただけであつたが、被告人西を尋問中同被告人において右一万円の収受の事実を自発的に言い出したものである旨述べている(前掲高口証言)。ところで、司法警察員高口栄造は、右一万円の自白につき、調書を作成している筈である(右高口西各証言)ところ右調書は当裁判所が顕出を求めたのにかかわらず本件審理中ついに提出されるに至らず、従つて、右自白の経緯については右両者の供述以外に拠るべき証拠がない。してみると、右自白は、有力な証拠が現われたため観念してなしたものでもなく、又取調官の誠実な態度に心服し、自己の非を悔悟してなしたものとも思われず、前記被告人西の述べている如き事情、つまり再逮捕されること等を憂慮してなしたものではないかとの疑いが存し、その内容の真実性につき疑問なしとしない。そうして、前叙のとおり、授受された金員の額についても甚しく相違しており、これを解明すべき証拠もない。それ故、当裁判所は右自白調書のみによつては本件公訴事実中第一、第二の各(一)の金員授受の心証を得るに至らない。

更に、本件公訴事実中第一、第二の各(二)の金員授受の点については、前掲第四十七回、第四十八回各公判調書中証人是沢芳光の供述記載部分が存するのみであるところ、これが信用できないこと前述のとおりであり、他に右事実を証するに足る措信すべき証拠はない。

されば、本件公訴事実につき、被告人西、同是沢を有罪とするには、その証明が充分でないといわざるを得ず、刑事訴訟法第三百三十六条により、無罪の言渡をする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本義雄 富川秀秋 中村行雄)

別紙(公訴事実の要旨)

被告人高田一彦、同是沢芳光関係

(昭和三十八年(わ)第百三十七号)

被告人高田一彦は日本国有鉄道門司鉄道管理局に勤務する国鉄職員であり、昭和三十六年二月二十七日から同局施設部契約用地課の用地係長として国鉄が所有する土地の管理買収及び収用交換等に関する業務に従事する者であり、被告人是沢芳光は北九州市小倉区三萩野に於て塩屋不動産の屋号で土地ブローカーをしている者であるが

第一被告人高田一彦は昭和三十六年十月初旬頃被告人是沢芳光から日豊線複線化のための国鉄買収予定地である同市小倉区湯川の約千三百坪を買い取つて、同区三萩野所在の鉄道公舎用地約六千八百坪の内一部と交換することや、湯川地区の買収資料(地積表)を貸与することなどについて特に便宜の取扱いをしてもらいたい旨の請託を受け、その報酬として供与されることを知りながら、同年十月二十二日頃同市門司区大里新原町国鉄アパートR十一の十号の自宅に於て、右是沢から菓子箱一箇(時価千円相当)に添えた現金二十万円の供与を受け、もつて自己の職務に関し賄賂を収受し

第二被告人是沢芳光は第一記載の如く被告人高田一彦に対し、日豊線湯川地区の国鉄用地と三萩野の鉄道公舎用地の交換などについて便宜の取扱いをしてもらいたい旨の請託をなし、その謝礼の趣旨で同年十月二十二日頃右被告人高田方に於て同人に対し菓子箱一箇に添えて現金二十万円を供与しもつて右高田の職務に関して贈賄し

たものである。

被告人松田弘一、同是沢芳光関係

(昭和三十八年(わ)第百五十六号)

被告人松田弘一は日本国有鉄道門司鉄道管理局に勤務する国鉄職員であり、昭和三十七年二月二十六日から現在まで同局施設部契約用地課長として、国鉄が所有する土地の管理買収及び収用交換等に関する業務を統括する者であり、被告人是沢芳光は、北九州市小倉区三萩野に於て塩屋不動産の屋号で土地ブローカーをしているものであるが、

第一被告人松田弘一は昭和三十七年七月上旬頃、被告人是沢から、日豊線複線化に必要な国鉄用地として使用すべき同市小倉区湯川所在の約千三百坪に対して土地収用法を適用せずに、同区三萩野所在の鉄道公舎用地約六千八百坪の内一部と等積交換することなどについて、特に便宜の取扱いをしてもらいたい旨の請託を受け、その報酬として供与されることを知りながら、同年十一月八日頃、東京都千代田区国鉄東京駅ホームの地下道に於て右是沢から現金五万円の供与を受け、もつて自己の職務に関し賄賂を収受し

第二被告人是沢芳光は第一記載の如く被告人松田に対し、日豊線湯川地区を土地収用法にかけず三荻野の鉄道公舎用地の一部と等積交換することなどについて、特に便宜の取り扱いをしてもらいたい旨の請託をなし、その謝礼の趣旨で同年十一月八日頃、国鉄東京駅ホームの地下道に於て被告人松田に対し現金五万円を供与し、もつて右松田の職務に関して賄賂を供与し

たものである。

被告人西弘、同是沢芳光関係

(昭和三十八年(わ)第二百四十五号)

被告人西弘は日本国有鉄道職員であり、昭和三十六年七月十日から日本国有鉄道施設局兼建設局の用地担当の調査役として、施設局及び建設局の各局長命により各局の所管事務である土地の取得及び管理等に関する事項の調査及びその特に命ずる国鉄用地の買収交換払下などの業務を行う職務を担当していたものであり、被告人是沢芳光は北九州市小倉区三萩野に於て塩屋建設・塩屋不動産の屋号で土地ブローカーをしていたものであるが

第一被告人西弘は

(一) 昭和三十七年六月下旬頃、同市小倉区浅野町小倉ステーションホテルその他の場所に於て被告人是沢から、同市小倉区新高田町一丁目四十二番地所在の鉄道公舎木造瓦葺平屋建建坪約十三坪とその敷地約四十三坪を深田輝雄のために払い下げて貰いたいこと及び日豊本線複線化のために必要な同区湯川所在の約千三百坪と同区三萩野所在の鉄道宿舎用地の内約千七十五坪との交換払い下げその他これに必要な手続方法について特に便宜の取り扱いをして貰いたい旨の請託を受け、その謝礼の趣旨で供与されることを知りながら同年六月二十七日頃、同市門司区桟橋通七番地門司貿易館地下グリルに於て被告人是沢から現金五万円の供与を受け

(二) 同年七月初旬頃、東京都小金井市本町二丁目一、八八八番地喫茶店「ストレチヤ」その他の場所に於て被告人是沢から日豊本線複線化のために必要な前記小倉区湯川所在の約千三百坪と同区三萩野所在の鉄道宿舎用地の内約千七十五坪及び同区浅野町二ノ三四番地所在の国鉄用地約三百二十坪との交換払い下げその他これに必要な手続方法について特に便宜の取り扱いをなして貰いたい旨の請託を受け、その謝礼の趣旨で供与されることを知りながら、同年八月十六日頃、東京都千代田区丸の内二丁目二番地三菱地所株式会社丸の内旧ビルデング内のニユートウキヨウ喫茶店「ヴオアラ」に於て被告人是沢から現金三十万円の供与を受け

もつてその職務に関し賄賂を収受し

第二被告人是沢芳光は

(一) 昭和三十七年六月下旬頃被告人西に対し、第一の(一)記載のとおり前記小倉区新高田町所在の鉄道公舎とその敷地を深田のために払い下げて貰いたいこと及び同区湯川と三荻野所在の国鉄用地交換払い下げその他これに必要な手続方法について特に便宜の取り扱いをして貰いたい旨の請託をなし、その謝礼の趣旨で同年六月二十七日頃前記門司貿易館地下グリルに於て被告人西に対し現金五万円を供与し

(二) 同年七月初旬頃被告人西に対し、第一の(二)記載のとおり前記小倉区湯川所在の国鉄用地と同区三荻野所在の国鉄用地及び同区浅野町所在の国鉄用地との交換払い下げその他これに必要な手続方法について特に便宜の取り扱いをなして貰いたい旨の請託をなし、その謝礼の趣旨で同年八月十六日頃前記ニユートウキヨウ喫茶店「ヴオアラ」に於て被告人西に対し現金三十万円を供与し、

もつて被告人西弘の職務に関して賄賂を供与し

たものである。

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